精神障害があると、どうしても「できないこと」に目が向きます。
仕事が続かない。
人付き合いが苦手になる。
疲れやすい。
環境の変化に対応しにくい。
長時間働くことが難しい。
精神障害を抱えて生活していると、こうした経験をすることがあります。
僕自身も精神障害になってから、「以前の自分ならできたのに」と思うことがありました。だから、「精神障害があるけど頑張っています」という考え方になるのも自然だと思います。ただ、最近の僕は少し違う見方もできるのではないかと思っています。
それが、
「精神障害があるけど」ではなく、「精神障害があるからこそ」
という視点です。
精神障害があるからこそ分かることがあります。精神障害があるからこそ見える社会の問題があります。そして、それは自分自身の生き方を考えるうえでも、決して小さなことではないと思っています。
精神障害があるからこそ、弱者の視点が分かる
精神障害を経験すると、「普通に生活すること」が決して当たり前ではないと気づきます。
朝起きて、仕事に行く。
人と話す。
仕事をこなす。
帰宅して、翌日に備える。
健康なときには、それほど難しいことだとは感じないかもしれません。しかし、精神的に調子を崩すと、それまで当たり前だったことが難しくなる場合があります。
僕自身も、精神障害を経験する前と後では、社会の見え方が変わりました。以前だったら、「なぜできないのだろう」と思っていた人に対しても、「何か事情があるのかもしれない」と考えるようになりました。
これは精神障害に限った話ではありません。
病気を抱えている人、障害のある人、高齢者、子育てをしている人、仕事を失った人など、社会の中で何らかの困難を抱えている人を見る目も変わります。自分自身が「弱い側」に立った経験があるからこそ、弱い立場にいる人の気持ちを想像しやすくなる。
これは、精神障害を経験したからこそ得られた視点の一つだと思っています。
精神障害があるからこそ、社会の「普通」に疑問を持てる
精神障害になると、「普通」という言葉についても考えるようになります。
毎日フルタイムで働く。
残業する。
人付き合いをこなす。
多少体調が悪くても仕事に行く。
忙しいことは良いこと。
仕事を頑張って出世する。
こうした価値観は、社会の中では比較的普通のものとして扱われています。もちろん、そういう働き方が合っている人もいます。ただ、すべての人に同じ働き方が合うわけではありません。精神障害を経験すると、そのことを実感するようになります。
人間にはそれぞれ得意不得意があります。
体力にも差があります。
ストレスへの耐性にも違いがあります。
同じ仕事でも、環境によって能力を発揮できる人と、できない人がいます。
だから、「みんな同じように働けばいい」という考え方には限界があります。
精神障害を経験したからこそ、こうした「普通」に対して疑問を持てるようになったのだと思います。
精神障害があるからこそ、制度の弱点が見える
精神障害者として生活していると、さまざまな社会制度と関わることになります。障害者手帳、障害年金、自立支援医療、障害者雇用、就労支援などです。
制度が存在すること自体は、とても重要です。しかし、実際に利用する側になってみると、「制度があること」と「制度を使いやすいこと」は別だと分かります。
制度の名前を知らなければ、そもそも利用することができません。
どこに相談すればいいのか分からなければ、そこまでたどり着けません。
申請方法が複雑なら、利用を諦めてしまう人もいるでしょう。
つまり、制度を作るだけでは十分ではないのです。
「本当に必要としている人が、その制度までたどり着けるか」
という視点も必要になります。
これは、実際に制度を利用する当事者になったからこそ見えてくる問題だと思います。
制度を作る側から見れば、必要な支援を用意している。しかし、利用する側からすると、「分かりにくい」「手続きが難しい」「どこに相談すればいいのか分からない」ということがあります。
この両者の間にあるギャップを考えることは、これからの障害福祉を考えるうえでも重要ではないでしょうか。
精神障害があるからこそ、「働く」を考え直せる
仕事についても、精神障害を経験したことで考え方が変わりました。
以前は、給料が高い仕事や、出世できる仕事が良い仕事だと思っていた時期があります。もちろん、収入は大切です。生活するためにはお金が必要ですし、将来のために収入を増やすことも重要です。ただ、精神障害を経験すると、それだけでは仕事の価値を測れないと分かります。
どれだけ給料が高くても、体調を崩して仕事を続けられなくなれば、長期的には難しくなります。逆に、収入がそれほど高くなくても、自分の体調を維持しながら長く働ける仕事には大きな価値があります。
「どれだけ稼げるか」だけではなく、
「どれだけ無理なく続けられるか」
という視点です。
これは精神障害者だけではなく、すべての人にとって重要な考え方なのかもしれません。精神障害を経験したことで、僕は「働く」ということを以前より広い視点から考えるようになりました。
「できなくなったこと」だけを見る必要はない
精神障害になると、できなくなったことに目が向きやすくなります。
以前の仕事ができなくなった。
以前のように人付き合いができなくなった。
長時間働けなくなった。
体調に波がある。
こうしたことを考えると、自分をマイナスに評価してしまうことがあります。しかし、精神障害を経験したことで「見えるようになったもの」もあります。
弱い立場にいる人の気持ち。
社会制度の使いにくさ。
働くことの意味。
自分に合った環境の大切さ。
健康であることのありがたさ。
そして、「普通」と呼ばれているものが、実は一つの価値観に過ぎないということです。
もちろん、精神障害になって良かったと言いたいわけではありません。できることなら、病気にならずに済んだほうが良かったと思うこともあります。だからといって、精神障害になった経験をすべてマイナスとして扱う必要もないと思っています。
経験したことから何を考えるのか。そこには、自分で選べる部分があります。
精神障害を「弱みだけ」で終わらせない
精神障害があると、支援が必要になることがあります。
配慮してもらう必要がある場合もあります。
できないことがあれば、誰かに助けてもらうこともあります。
それは決して恥ずかしいことではありません。
同時に、
「精神障害があるからこそ、自分にしか分からないことがある」
と考えてもいいのではないでしょうか。
当事者だからこそ、制度について言えることがあります。
障害者雇用で働いているからこそ、職場について考えられることがあります。
精神障害を経験したからこそ、働き方について考えられることがあります。
そして、社会の中で弱い立場になった経験があるからこそ、これまで見えていなかった社会の問題が見えることもあります。
これは、「精神障害を無理やりポジティブに考えよう」という話ではありません。
つらいことはつらい。
困っているなら支援を受ければいい。
無理なものは無理でいい。
そのうえで、
「でも、この経験があるからこそ分かることもある」
と考えてみる。
僕は、そのくらいの考え方がちょうどいいと思っています。
「精神障害があるけど、頑張っています」という生き方もあります。
それだけではなく、
「精神障害があるからこそ、見えるものがある」
という生き方もあります。
精神障害によって失ったものだけを見るのではなく、そこから得た視点にも目を向けてみる。
自分自身の経験を、社会や制度、働き方について考える材料にしてみる。
そうすることで、精神障害という経験を「ただの弱み」だけで終わらせずに済むのではないかと思います。
僕はこれからも、精神障害者として生活しているからこそ見えるものを、自分なりに考えて発信していきたいと思っています。



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